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ひな祭りとは?由来や意味が簡単にわかる!

2018/02/03

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20歳を超えてもなんだかんだワクワクした気持ちになる「ひな祭り」!

 

大型スーパーなど、いろいろなところで定番の曲が流れたり、

ピンクの可愛らしいちらし寿司が宣伝されたり、何と言っても一番目立つのは雛飾りです。

 

お雛様には特別な素敵さがありますよね。

私自身も実家を離れて以来ひな壇を眺める機会も少なくなってしまい、毎年ちょっぴり寂しい気持ちになったりします。

 

「お雛様を飾らないとお嫁に行くのが遅れる」なんていう噂から、毎年ちゃんと飾っている家庭もあるのではないでしょうか。

 

毎年のお祝い事で、しっかりと日本の文化に定着していると言えますが、、、

 

具体的に何をするのが良いのかよくわかっていない、とか、

女の子のためのお祭り、というざっくりとしたイメージしかない人も多いのではないでしょうか。

 

せっかくの「女の子」のお祝い、時間をかけてひな壇を飾ったり、美味しいご馳走を食べたりするのなら、しっかり由来も抑えて、「正しく」お祝いしましょう!

そもそも「ひなまつり」は、どうやってはじまったのか?

ひな祭りとは、女の子の初節句にひな人形を用意して、健やかな成長・幸せを願うお祝いの日です。

 

早速、初節句という聞きなれない単語が、、、

これは、季節の節目に身の穢れをはらい、健康長寿・厄除けをお願いする「五節句」の行事がありました。

五節句というからには、やはり5回分あるわけです。

 

  • 1月7日「人日」-七草粥
  • 3月3日「上巳」-桃の節句(もものせっく)
  • 5月5日「端午」-菖蒲の節句(しょうぶのせっく)
  • 7月7日「七夕」-星祭
  • 9月9日「重陽」-菊の節句

 

七草がゆの日や七夕も五節句の一つだったんですね!

行事としては知っていたけれど、五節句の一つとして改めて知識がつながった感じがしませんか?

 

私たちが馴染んでお祝いしている「ひな祭り」は「上巳(桃の節句)」を指しています。

 

本来、上巳の節句とは、

野山に出て、薬草を摘み、その薬草で身体の汚れをはらう厄除けの行事でした。

この行事が、宮中の遊びと融合して「ひな祭り」の起源となったとされています。

 

起源となった2つの宮中遊びがあります。

・人形 ― 紙で作った人形を川に流す「流し雛」の発展で、

人形に自分の穢れを移して、身代わりとして水に流す厄払いです。

 

・雛あそびー 平安時代のおままごと遊びです。「雛(ひいな)=小さくて可愛らしいもの」の意味でした。

 

平安時代から室町時代へと、時代が変わると次第に人形が派手になったり、流すのではなく飾るスタイルに変化していきました。

 

江戸時代になると、江戸幕府は五節句を改めて制定し、3月3日は桃の節句と定められました!

5月5日の端午の節句が男の子、3月3日の桃の節句が女の子のお祝い、という対比で広まっていきました。

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このころから、ひな人形はますます華やかさが重視されるようになり、立派な「ひな壇」に飾られるようになりました。

 

現在の「ひな祭り」として定着しているひな人形のスタイルは、江戸時代から完成しはじめたんですね!

 

ひな人形を飾る意義とちょっぴりの豆知識

ひな祭りやひな人形の由来はわかったけれども、

なぜ、ひな人形を飾るのか、です。

 

ひな人形には、

「生まれてきた女の子が、健やかで優しい女性になるように」

という願いが込められています。

ひな人形をその子の形代として、災いを避け、美しく健やかに育つようにと、飾られているのです。

 

ひな人形の並べ方は、東京と京都で違います!

 

お内裏様が左、お雛様が右、という伝統を重んじる京都に対して、東京では反対となっています。

これは、昭和天皇の即位の際、天皇が向かって右、皇后が左に並ぶ西洋式を採用したことに由来します。

これを受けて、東京のひな人形業界は、ひな人形の並び方を変更したのです。

 

まとめ

江戸時代に改めて5節句が制定されたことで、現在にかけて時代と共に変化してきた「ひな祭り」。

 

江戸時代中期の流行ったひな人形の楽しみ方には、

  • 「雛合わせ」という自慢のひな人形の見せ合い、
  • 「ひなの使い」と言って親戚とごちそうをたしなむ会や、
  • 「ひなの国見せ」として人形に景色を見せてあげる、

などひな人形を十分に楽しむ機会が多くあったようです。

 

最近では、シンプルに男女一対の人形を飾るだけの形も流行っています。

これは江戸時代初期の飾り方でもあります。時代は巡る物ですね。(笑)

 

時代がたつにつれて、十二単の装束を着せた「元禄雛」、大型の「享保雛」などの金屏風の前に人形を並べる立派なものへと変わっていきました。 

 

幕末頃には官女やお囃子といった添え人形や嫁入り道具、御殿、壇飾りなどが増え、スケールが拡大し、現在のひな人形へとつながっていきました。

 

ひな人形は節分の翌日の立春(2月4日)頃から飾りはじめるようです。

 

 ぎりぎりになって慌てて飾ることを「一夜飾り」と言い、縁起が悪いとされています。

立派なものほど飾り付けが大変でしょうが、なるべく1週間前には飾りましょう!

 

地域によっては1月15日の小正月を「女正月」として、ひな人形を飾るのにふさわしい日としている場合もあるようですよ!

 

 飾りをしまうタイミングも地域によって様々ですが、

お内裏さまとお姫さまを後ろ向きに飾り、

「お帰りになった」「お眠りになった」ということにする裏ワザがあるそうです!!

 

由来も知って、豆知識も知ったところで、ひな人形とも素敵な時間を過ごしてください!

 

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